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創立118周年記念音楽会開催(7月6日)

 アクロス福岡シンフォニーホールにおいて、九州交響楽団による記念音楽会が3年ぶりに開催されました。
 
 旧校歌の美しい演奏に始まり、生のオーケストラによる「運命」「新世界」等の著名な曲の演奏の後は、2年生の生徒によるバイオリン独奏「ツィゴイネルワイゼン」は会場に大きな拍手が響きわたりました。次に恒例となった生徒の代表によるオーケストラとの指揮者体験コーナーでは指揮をした生徒にとって大変貴重な思い出となった事でしょう。そして最後は校歌の作曲をされた荒谷俊治氏の指揮九州交響楽団の演奏で会場全員による校歌の大合唱が行われ、プログラムは余韻を残して終了しました。

平成28年7月


吹奏学部と九州交響楽団とのコラボ演奏

2年生 曽根原 澪さんのバイオリン独奏

生徒による指揮者体験コーナー「カルメン組曲」

ソフトボール部が高校総体福岡県大会決勝戦で優勝!

 ソフトボール部は平成28年6月18日(土)に雁の巣レクリェーションセンターで行われた高校総体女子ソフトボール福岡県大会決勝戦で北九州市立高校に勝ち優勝しました。これで福岡県の代表校として7月30日~8月2日に尾道市御調ソフトボール球場で開催される全国大会出場が決定いたしました。

 54年ぶりの全国大会優勝を目指して頑張って欲しいです。また母校の部活は他にもダンス部、ソフトテニス部、囲碁将棋部、放送部の全国大会出場が決まっています。フレー!フレー!中央!

平成28年6月18日


知事公舎で吹奏楽部演奏会

福岡市中央区の福岡県知事公舎の庭園で本校吹奏楽部の演奏会が開催されました。これは小川知事の葉子夫人(高22回卒)のお計らいで実現したものです。公務で多忙な知事にもご臨席頂き、吹奏楽部の演奏を熱心にお聴き頂きました。

2015.11


 

福岡県庁へ表敬訪問 『第31回全国高校選抜ソフトボール大会』への出場報告

 11月30日、辻村校長、田中同窓会香蘭会会長、ソフトボール部員19名および顧問は、福岡県庁へ表敬訪問し、『第31回全国高校選抜ソフトボール大会への出場報告』を行ってまいりました。小川知事、海老井副知事、杉光教育長、また多くの教育委員会の方々から激励の言葉を頂きました。全国選抜大会では、支えて下さった方への感謝の気持ちを忘れず、福岡県代表として誇りと自信を持ってプレーいたします。
 
2012年12月
ソフトボール部一同


全国高等学校女子ソフトボール選抜大会に出場決定! 51年ぶりの快挙!

11月3日・4日に行われました平成24年度福岡県高等学校ソフトボール新人大会において初優勝し、11月23~25日に行われる全九州大会、そして平成25年3月16~20日に鹿児島市で行われる第31回全国高等学校女子ソフトボール選抜大会に出場することになりました。本校ソフトボール部の全国大会出場は、昭和36年(この年は全国制覇)以来51年ぶりになります。全国の舞台でも福岡中央高校生らしくチームワークで一戦一戦勝ち上がり、頂点を目指します。今後共応援よろしくお願いします。

2012年11月
ソフトボール部 主将 緒方 公美
 
 

平成24年度福岡県高等学校ソフトボール新人大会 『優勝』
  大会期日 10月27日~28日、11月3日~4日
  大会会場 雁の巣レクレーションセンター
   
第7回 全九州高等学校ソフトボール大会 出場
  大会期日 平成24年11月23日(金)~25日(日)
  大会会場 佐賀県武雄市 白岩球場
   
第31回 全国高等学校女子ソフトボール選抜大会 出場
  大会期日 平成25年3月16日(土)~20日(水)
  大会会場 鹿児島県鹿児島市 ふれあいスポーツランド

米倉斉加年さん(高5回)演劇部・放送部合同朗読練習会においてご指導して頂きました

 8月7日と8日の2日間、本校高5回卒である米倉斉加年さんが来校してくださり、「本校の後輩のために何か出来ることがあれば」というご厚意で、演劇部と放送部合同での朗読練習会において、ご指導して頂きました。
 生徒達には「近代文学」からの朗読が米倉さんより課題として与えられました。1日目は朗読練習、2日目は日頃の活動へのアドバイスを頂くという予定で、高21回卒の寶満先生を通じて当日までの計画が立てられました。
 この朗読練習会では、日頃の基礎練習や朗読についてのご指導だけでなく、少年時代に出会った恩師のお話や、ご自身が監督された舞台演出や指導などについても、心をこめて語ってくださり、米倉さんの物事に向かう厳しさと配慮が終始感じられました。生徒達に与えられた近代文学への課題も、ご自身が再度読み直され、作者や背景についても調べ直されたと聞いて、生徒達は自分達の準備不足を恥ずかしく思う場面もありました。子供の頃より本を多く読まれ、人のとおりに動くのではなく、自分で考えないといけないという米倉さんの姿勢が随所に伺われました。演劇部の部長が後の感想で次のように述べています。「固定概念にとらわれない、自由であることの厳しさを教わったようでした。また日頃の活動の様子を見られて、先輩から受け継いできたものを、日頃の活動のなかで変化させていくことの大切さを教えて頂きました。演劇をやるからには、根元のところを考えることを大事にこれから活動したいという気持ちが生まれました。米倉さんの印象は『地に立っている』感じがします。(山口大器)」
 創立80周年の折に、米倉さんが本校講堂で記念講演をされました。そのとき質問をしたある女生徒に「人に質問をする時は自分の意見を述べてから言いなさい。」とおっしゃったことをよく覚えています。あれから32年ほど経ちますが、若い頃の大事な一言は心から消えないものです。あの時のことを再び感謝いたしますと共に、この度もまた生徒たちに大事な言葉を戴いたことを感謝いたします。こどもたち同様に参加させて頂いた私達にも貴重な会となりました。本当に有り難うございました。
 今回の会を計画して頂いた高19回卒の大石さん、また米倉さんの送り迎えをして頂いた高29回卒の古藤さんに御礼申しあげます。また掲載の写真は高54回卒倉富さんから撮って頂いたものです。

平成24年8月
高32回卒・放送部顧問 冨田陽子(教諭)


創立113周年記念式典(式辞) 平成23年6月3日

山中 均校長より歴史資料室に展示されている「野村望東尼」と「貝原益軒」の肖像画について、歴史上の二人の偉大な人物像が詳しく話され、改めて母校との関わりと現在の若い人への生き方を学んだ式辞でした。

(式辞の全文を掲載させて頂きました)
 時折、初夏の陽ざしが照りつける中、爽やかな風が新緑の木々の合間を吹き抜けていく時季となりました。本日は、父母教師会会長、同窓会香蘭会会長を初め、多くの御来賓の御臨席を賜り、福岡県立福岡中央高等学校創立113周年記念式典を挙行できますことは、この上ない喜びであり、誠に光栄とするところであります。ここに、衷心より厚く御礼申し上げます。
 本校は1898年(明治31年)6月6日に、本校の前身たる市立の「福岡高等女学校」として設立されました。その後、1908年(明治41年)に「福岡県立福岡高等女学校」として近代女子教育の草創をなし、昭和24年の学校制度改革で「福岡県立福岡中央高等学校」と改称し、男女共学の学校となりました。
 明治、大正、昭和の時代を経て、平成23年度の本年度は創立113年目の年になります。この栄えある歴史と伝統は、諸君の先輩達の汗と涙の結晶であり努力の賜です。また、本校にゆかりのある各層・各界にわたる関係各位のご尽力があってこそ形成されてきたものだと思います。
 そこで、本日の式典においては、「温故知新」(本校の校歌の3番に「古きをたずね今を知り」とありますが、この意味は昔の物事を研究し、新しい知識や見解を得るということです。)という視点から本校に関わりのある歴史上の二人の偉大な人物についての話を中心にしたいと思います。その二人とは、ステージの両サイドにあります肖像画の方です。諸君がイメージしやすいように、本校の歴史資料室からお借りし、今日はここに持って参りました。諸君から向かって左側が野村望東尼で、右側が貝原益軒です。本校の創立80年史には、二人の肖像画は1901年(明治34年)に描かれ、当時講堂のステージに向かって両サイドの上方に掲げられていたという記録が残っています。
野村望東尼
野村望東尼(1806~1867)
 そこでまず、野村望東尼についてです。野村望東尼は一般的に望東尼と呼ばれています。彼女は幕末の歌人・日記作家です。福岡藩士・野村貞貫(さだつら)の妻で本名は「野村もと」と言います。1859年(安政6年)夫・貞貫に先立たれ、野村家の菩提寺光明寺にて得度剃髪し「招月望東禅尼」となりました。望東尼54才の時でした。夫の生前、共に暮らしていた福岡城南平尾村の向岡(むかいのおか:現在、平尾山荘のある所、本校から南西に徒歩10分のところにあります。)から、東方を望めば、視界を遮るものは何もなく、清らかな月を仰ぎ見ることができた。このような意味合いから「招月望東禅尼」というように呼ばれたということです。
 望東尼は夫が亡くなって2年後、和歌の師・大隈言道をたずね上京します。望東尼は、歌人として自立することも考えたようですが、歌のみで口に糊することの難しさを知ります。望東尼が京都に滞在していた頃、国政は急激な展開を見せ、尊皇攘夷派の過激事件が横行し、西南の雄藩が中央への進出を図ろうとしていました。望東尼は国事に興味を持ち、政治に強い関心を持ち始めます。??
 1862年(文久2年)、望東尼は福岡に戻り、福岡藩の勤王派平野国臣との交流を持つようになります。そのころ、望東尼は「平野が国のために周旋活動をする志は他の武士も及ばないものであって、それに比べると福岡藩の武士道は薄く、志の深い者は100人に1人いるかいないかで、そのことを思うと情けない」と心情を吐露しています。望東尼自身は国のために命を投げうってもかまわないという覚悟を持ち「武士(もののふ)の 大和心を よりあわせ ただひとすぢの大綱にせよ」と詠んでいます。
 1864年(元治元年)、高杉晋作は、福岡藩に亡命した際、望東尼の住む平尾山荘に潜伏しました。つまり、望東尼は高杉晋作をかくまったわけです。彼女は高杉晋作のような若者達が、国を思う悲壮なまでの強い気持ちに共感しお世話をしました。別れ際に「まごころの つくしのきぬは 国の為 たちかへるべき 衣手にせよ」と読み、旅衣を送っています。
 このころ、福岡藩主黒田長廣は幕府の政治路線に追従し、藩の勤王派の一掃に踏み切ります。望東尼は「勤王の志士達をかくまったことは極刑(死罪)に値するが、老女のため流罪」とされ、姫島(糸島半島の沖、玄界灘にある島)の獄舎に囚われの身となりました。望東尼は寒風吹きすさぶ獄舎で、明かりもないところで、処刑された同士のために、般若心経を血書しながらじっと耐えた生活をし続けました。この間、望東尼は村人達にお菓子、紙類、手縫いの守り袋を手渡しました。村人達は望東尼の弟が、姫島の初代定番役であったこともあり、食料や衣料、ろうそくなどを差し入れし優しく見守っていました。
 1866年(慶応2年)9月、望東尼は、高杉晋作の命を受けた福岡藩士の勤王の志士によって、姫島の獄舎から救い出され下関の豪商白石家に到着します。その後、病気療養中の高杉晋作と再会を果たします。
 ある日、望東尼が高杉晋作のお見舞いにいくと、彼が「おもしろき こともなき世に おもしろく」と上の句を書き付けます。望東尼は上の句を受け「すみなすものは 心なりけり」と続けました。(おもしろきことのない世の中にあっておもしろく生きるにはどうしたらいいか)の問いに(周囲の状況がどうあろうと、あなたがどう思うか、心の置き所次第である)高杉晋作は「おもしろいのう」とつぶやいたそうです。
 1867年(慶応3年)4月に高杉晋作は死去。望東尼はその後防府市三田尻に移り住み、11月に享年62才でこの世を去ります。辞世の句は「冬ごもり こらえこらえて 一時(ひとときに)に 花咲きみてる 春は来るらし」(冬ごもりをしてこらえていたが、やっと花が一斉に咲き始めたので春がきたらしいという前祝いの歌です。)
 まだ見ぬ明治維新の夜明けでありましたが、望東尼の心の中にそれを予感するものがあったのではないでしょうか。ちなみに、望東尼の亡くなった直後の12月に江戸幕府を廃し、政権を朝廷に移す王政復古の大号令が発せられることになります。
 このように望東尼は、人間としての品格を備え、幾多の勤王の志士を助け、国事に奔走した女傑であり、本校生徒の鑑として歴代校長の教育方針演説にしばしば引用されました。女学生は、毎年10月6日には、平尾山荘に参拝していました。また、昭和になってから、望東尼追悼祭の際には歌を歌ったり、踊ったりしていたということです。
貝原益軒
貝原益軒(1630~1714)
 次に諸君の右側の肖像画の人物です。「貝原益軒」です。
 ここで何故、女学校なのに貝原益軒の肖像画が掲げられていたのかという疑問が生じます。そこで、貝原益軒について調べてみました。貝原益軒は、江戸時代前期の儒学者、医学者であり教育学者の力量も備えていました。幼少の頃は、家が貧しく病弱だったと言われています。名前は篤信(あつのぶ)。益軒は晩年の号です。福岡藩士であり1648年(慶安元年)より二代目藩主黒田忠之のお納戸お召し料方として仕えますが、2年後に藩主の怒りに触れ、その後7年間浪人の身となります。1656年に三代藩主黒田光之に、その識見を評価され召し出され、藩の費用で京都留学をします。その後藩命により、「黒田家譜」「筑前国続風土記」を編纂しています。著作は多分野にわたり代表的なものとして医学書では「大和本草」教訓書では「養生訓」「和俗童子訓」などがあります。彼の特徴をまとめてみますと、 
  ①戦いに明け暮れ、常に死を覚悟していた武士階層の中にいて「養生」を説き84才
    まで生きた。
  ②人間の在り方、生き方を身をもって呈し、子供の教育の仕方や女子教育の在り
    方などを書き著した。
  ③自分が人生を楽しみ、新しいものを創造していくことにチャレンジした。
 つまり、貝原益軒は、人間としての在り方や生き方の模範となる人であり、「和俗童子訓」の中にあるように、子供の教育方法や女子教育の方法を説いた人です。私の想像の域を脱しきれませんが、本校教育にとって、当時の女子学生を育成していくために参考となる模範的な人間の生き方・在り方をした人、子供の教育方法や女子教育の方法を説いた人、という意味で貝原益軒が歴史上の偉大な人物であり尊敬に値する人であるというところから、本校に肖像画として掲げられたのではなかろうかと思います。
 さらに、太平洋戦争後、男女共学になった本校の当時の校長が一時期、男子は貝原益軒を、女子は野村望東尼を模範として生きていきなさいという教育訓辞もあったと聞いております。
いずれにしても、 この二人に共通していることは、
 ①教養をしっかりと身につけ、自分の信念を最後まで貫き通した。
 ②時代の先駆けとなる取り組み、生き方をした。
 ③どんな辛いこと苦しいことにも堪え忍び生き抜いた。
ということだと思います。
 諸君には、この二人の真似をしなさいとは言いませんが、少なくとも二人の「人間としての生き方、在り方」は参考にできるのではないでしょうか。ただ一つだけ確実に言えることは、二人とも「人間としての品格を持って生き抜いた人物」であるということです。どうかこの点について、諸君にも温故知新という観点から是非一考してもらいたいと思います。
 最後になりましたが、生徒諸君には、本校の歴史上関わりのある二人の偉大な人物、野村望東尼、貝原益軒の生き方を知ることにより、現在の自分の在り方・生き方を振り返って欲しいと思います。そして、この記念日を契機にして今後に向け、野村望東尼、貝原益軒に劣らないような、しっかりとした品格を身につけながら、将来に大きな夢・志を持って大きく羽ばたいて行くことを期待して式辞とします。


平成23年6月3日
福岡県立福岡中央高等学校 第32代校長 山中 均

第55回福岡吹奏楽コンクールにて金賞受賞(吹奏楽部)

平成22年9月4日(土)に開催された平成22年度体育大会を、フォトアルバムでご紹介します。


第55回福岡吹奏楽コンクールにて金賞受賞(吹奏楽部)

平成22年7月18・19日 福岡サンパレスホテル&ホールにて念願の金賞を頂きました。
平成元年以来21年ぶりの金賞です。惜しくも県大会への切符は手に出来ませんでしたが、大きな一歩が踏み出せました。来年こそは、県大会・九州大会そして全国大会へと進んで行きたいと思います。
今後とも応援よろしくお願いします。

福岡県立福岡中央高等学校 梁井 浩

水無月祭(文化祭)
毎年大勢の父兄の皆さんが文化部の発表を参観されます

同窓会香蘭会入会式
今年も卒業生345名(男子95名、女子250名)の新香蘭会員を迎えました。

卒業証書授与式
晴天に恵まれ大変素晴らしい心に残る卒業式でした。
第59回卒業生記念品の外灯一基


香蘭会長祝辞(ビデオ) 「仰げば尊し」斉唱(ビデオ)

施設・設備
 ひとつの才能を伸ばしていくことも大切ですが、
自分の中に秘められた、たくさんの可能性を見つけることも必要だと私たちは考えます。
そのために県下でも自慢できるほどの恵まれた施設環境を用意しています。
個別に練習ができるピアノ教室や誰もが自由に使えるコンピュータルーム、
卒業生にいつまでも愛されている日本庭園と茶室などは、そのほんの一部です。
この学校で過ごす3年間のあいだに、新しい自分を引き出してもらいたいと思います。
創立100周年記念講堂「和真恵学堂」 創立100周年記念図書館
創立100周年記念カフェテリア「食堂」 コンピュータルーム
香蘭亭「茶室」 日本庭園(昭和8年造営)

緞帳
 この緞帳は同窓会香蘭会と、父母教師会の
寄贈によるものです。
(京都龍村織物製作)

平成18年度体育祭
平成18年9月9日(土)実施
 午前中は、時折り日差しが降り注ぐものの全般的に曇りの天気の中、体育大会が進行していました。
しかし、午後1時半あたりから雨が降り出し、集中豪雨で一気にグラウンドが海のような状態になりました。
さらには雷が鳴り出したこともあり危険と判断し、残りの一部の種目をカットせざるをえませんでした。
天候の悪い中多数の方においでいただき、本当にありがとうございました。

(母校ホームページより)

九響記念音楽会
平成18年10月26日(木) 14:00開演
アクロス福岡シンフォニーホール
福岡県立福岡中央高等学校『記念音楽会』

福岡県立福岡中央高等学校教育振興会会長 田中久也

 平成10年度に挙行された創立100周年記念事業の締めくくりとして、 アクロス福岡シンフォニーホールにおいて、 福岡中央高等学校の校歌の作曲者である荒谷俊治氏を指揮者としてお迎えして九州交響楽団による記念音楽会を開催いたしました。 その音楽会が生徒諸君に深い感銘を与えたことは今も心に焼き付いています。 生演奏がこれほどまでに人の心を揺り動かす力があるということを改めて痛感した次第です。
 そこで本校では、在学中に一度は当時の生徒諸君と同じような深い感動を味わってもらうために、 記念音楽会を3年に一度開催しております。
 本日の記念音楽会が、保護者の方々や同窓会香蘭会の方々の御理解と御尽力で開催できましたことを心から御礼申し上げます。
 百有余年の輝かしい伝統と今後の福岡中央高等学校のますますの発展に思いを馳せながら心ゆくまでご鑑賞ください。

(当日のパンフレットより抜粋)

吹奏楽部県大会進出

第21回福岡県高等学校総合文化祭 吹奏楽部門福岡県大会に参加して

教諭 梁井 浩(高35回)

 平成18年11月12日(日)、久留米の石橋文化センターに於いて「第21回福岡県高等学校総合文化祭 吹奏楽部門福岡県大会」が開催されました。我々吹奏楽部は、部としては平成4年度以来2回目、私が担当してからは初めての県大会出場となりました。残念ながら2年生は修学旅行の帰着日に当たり、1年生のみ23名での参加となりました。「ポップ・ステップ・マーチ」(作曲:森田一浩、1985年度吹奏楽コンクール課題曲)と有名な「こうもり序曲」(作曲:ヨハン=シュトラウス)を演奏しました。「こうもり序曲」は少人数での演奏は大変難しく、1年生、特に運営を任された生徒にとっては大変なプレッシャーとなったと思います。残念ながら全国大会・九州大会への出場はなりませんでしたが、審査員の先生方から「よくまとまっていて、人数の少なさを感じさせない響きのあるサウンドでした」「編成上、どういった感じの演奏になるのかと、聴く前までは思っていましたが、正直びっくりしました」などお褒めの言葉を頂きました。課題も見つかりましたので、次の大会・演奏会にむけて頑張っていきたいと思います。


空手部国体出場

藤森 美菜子(現:2年生)
 本校には空手部がないため、日々道場で稽古を積んでいます。このような中で、応援していただき感謝しています。これから全国大会で入賞を果たすことを目標に頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。

(平成18年度実績)
福岡県高等学校空手道大会
 女子個人形の部 優勝
全九州高等学校空手道大会
 女子個人形の部 出場
全国高等学校総合体育大会(インターハイ)
 空手道選手権大会女子個人の部出場 ベスト16
国民体育大会福岡県代表
 少年女子個人形の部 出場
全九州高等学校空手道新人大会
 女子個人形の部北ブロック 準優勝
 女子個人組手の部 ベスト8位

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